広島高裁松江支部判決平成30年7月24日は絶対に認められない

広島高裁松江支部判決平成30年7月24日は絶対に認められない

 

ハンセン病患者で療養所に入らず亡くなった「非入所者」女性の息子(鳥取県在住、72歳)が、国の強制隔離政策などで、母親と同様に、家族も偏見や差別の被害を受けたとして、国と県に計1925万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審で、広島高裁松江支部(栂村明剛裁判長)は、2018年7月24日、一審に続き、請求を退ける判決を言い渡した。同判決は、一審では認められた患者家族への国の賠償責任については判断を回避し、男性個人の差別被害も「具体的に認められない」と退けた。

本支部判決には重大な多くの過ちがある。なかでも大きいのは、国が控訴を断念し、2001年5月11日の熊本地裁判決が確定したことにより、その後のハンセン病問題についての立法及び行政、さらには自治体などがそれを前提に展開してきた「共通の土俵」を踏み外しているという点である。

たとえば、支部判決では、「ハンセン病患者を感染源とし昭和35年以降においても、全ての患者がハンセン病の感染源と全くなり得ないとまでいうことはできない」(11)などと判示されている。これでは、患者を感染源と捉えて強制隔離の対象とした「らい予防法」も合憲だということになりかねない。現に、「らい予防法」の違憲性について、支部判決は次のように判示している。

「新法の規定が憲法上保障され又は保護されている非入所者の権利利益を合理的な理由なく制約するものとして憲法の規定に違反することが明白であるとはいえない」(92頁)、「新法の文言上、患者が一律に隔離等の処分の対象とはされておらず、非入所者の権利利益が新法の規定そのものにより当然に制約されるわけではない。新法自身が、行政機関に対し、隔離の必要性の判断権を付与していたのであり、・・・行政機関がこの判断の局面において憲法に適合するように職権を行使することによって新法が合憲的に解釈運用される余地があったといえる」(93頁―94頁)、「新法自体には、入所者の退所に関する明文の規定はないものの、新法13条が『国は、必要があると認めるときは、入所患者に対して、その社会的更生に資するために必要な知識及び技能を与えるための措置を講ずることができる。』と定め、この規定は入所者が退所できることを当然の前提とするものであると解され、・・・新法が入所者の退所を認めない建前をとっていないことは明らかである」(94頁)。

これでは、熊本地裁判決の確定を受けて、行政府も国会も「らい予防法」の違憲を認めたことと反する。特別法廷に関する一昨年の最高裁事務総局の報告書の報告結果にも矛盾している。同報告書は患者を感染源だとして行った「特別法廷」の指定を差別的な取り扱いだと批判しているからである。

「らい予防法」とハンセン病偏見・差別の創出の関係についても、支部判決は、「患者に対する偏見・差別は古くから極めて深刻だったのであり、被控訴人国が隔離政策の実施によりハンセン病に対する差別・偏見を創出したとはいえない。」(92頁)などと判示している。これでは、現在にまで続くハンセン病差別・偏見の作出・助長において「無らい県運動」が果たした役割を説明できない。「らい予防法」違憲判決が確定したことを受けて、国は「ハンセン病問題に関する検証会議」を設置した。同会議は最終報告書を2005年3月に厚生労働大臣に提出した。報告書では、「無らい県」運動につ

 

 

いても詳しい検証結果が報告されている。松江支部判決はこの報告を無視している。

ハンセン病強制隔離政策を下支えする上で果たした司法の加害責任について理解が乏しいというのも、支部判決の重大な誤りである。そのために、この強制隔離政策で甚大な「人生被害」を被った患者・家族らの名誉回復及び被害救済について、法曹が加害責任に基づいて果たすべき義務が棚上げにされている。

たとえば、支部判決は、控訴人の個人的な「特性」を表に出して控訴人の家族被害を否定するにとどまらず、家族独自の被害一般についても、次のように判示している。

      「患者の子が『未感染児童』と呼ばれていた時期があり、療養所内又はその近接地に設置された保育所に入所させられたことがあったとしても、患者の子が患者予備軍として位置づけられるなどして隔離政策の対象になっていたとは認められない。」(115頁)。

「隔離政策自身は患者を対象とするものである。また、患者の家族といっても患者との親疎・日常の接触もさまざまであり、患者自身に対する偏見・差別と比較すると、患者の家族に対する偏見・差別の内容・程度もさまざまである。Bがハンセン病に罹患し、そのうわさが立った地域において控訴人が偏見・差別の目でみられたであろうことは容易に想定できるが、それ以上に控訴人が主張するような具体的な偏見・差別を受けたと認めることができない・・・。したがって、控訴人に対し、厚生大臣が偏見・差別除去のために相当の措置などを取る義務があるとまではいうことはできない。」(116頁―117頁)。

      このように、支部判決では、患者本人よりも家族の差別被害の方が間接的で、質量の面で少なく、個人差が大きいとされている。しかし、これでは、沖縄の場合、家族が患者本人をかくまったために、家族全体が偏見・差別の対象にされたという問題が理解し得なくなる。差別被害の本質を十分に理解していないという問題がある。

私たち、ハンセン病市民学会は、このような判決を受け入れることはできない。最高裁で破棄されることを強く希望する。

問題は、最高裁事務総局の報告書にも矛盾するような、このような判決が高裁段階で言い渡されていることである。裁判官に対する研修「不足」を浮き彫りにしている。裁判官「格差」があまりにも大きい。「裁判官の独立」によってこの裁判官「格差」を正当化することはできない。「裁判官の独立」以前の問題である。裁判官には裁判官として必要な最低限の知見が求められるからである。ハンセン病問題についても、そのことは妥当する。これでは、「特別法廷」に係る最高裁の謝罪声明は何だったのかということになる。最高裁判所に対して、改めて研修体制の整備を強く求めたい。

以上、決議する。

 

2018年10月20日

 

ハンセン病市民学会「ハンセン病問題の全面解決に向けた研究集会」参加者一同